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東京婚活ゼミナール
2026-09-22


こんにちは。東京婚活ゼミナール代表の桐山栄子です。
結婚相談所の現場で、日々たくさんの男性・女性の会員様とカウンセリングを行っていると、男女問わず、多くの方が同じ「深い迷路」に入り込んでしまっているのを感じます。
女性であれば、
「年収は800万円以上で、できれば大手企業勤務や安定した公務員」
「清潔感があって、スマートにリードしてくれて、長男以外で……」
男性であれば、
「20代〜30代前半で、愛嬌があって癒やし系」
「家庭的で料理が得意で、自分の仕事を笑顔で応援してくれる人……」
いわゆる「世間一般で望ましいとされるスペックや条件」を並べ、お見合いやマッチングを何十件と重ねていく。
けれど、いざお会いしてみても心が動かない。
「条件は非の打ちどころがないのに、なぜか結婚したいと思えない」
「交際へ進んでも、一緒に生活しているリアルな実感が湧いてこない」
そんな悩みを抱えて相談に来られる方に、私はいつも静かにお聞きします。
「その『理想的な条件』は、本当に『あなた自身の人生にとっての価値』でしょうか?」 と。
今回は、なぜ現代の婚活では条件を揃えるほど相手を選べなくなってしまうのか、
そして、どうすれば「自分にとって唯一無二のパートナー」を見極めて選び取ることができるのか。
棋士・羽生善治氏が語られた本質的な言葉と、私自身の結婚・パートナー選び、そして現在進行形での子育ての実体験を交えながら、男女問わずこれからの人生を真剣に考えるすべての方に向けてじっくりお話しします。

先日、NewsPicksの対談番組(落合陽一氏との対談)で、将棋界のレジェンドである羽生善治九段が語られていた言葉に、深く感銘を受けました。
羽生氏は、膨大な手を瞬時に計算・提示できるAI時代の思考法について、次のような趣旨のお話をされていました。
「何を選んでいるのかというのは結局人間がやることで、AIはどこに価値があるのか、どこに可能性があるのかまでは考えてくれない。だからこそ、どこを選んでいくか、どこに力を入れて分析・研究するのかが大事になる」
「最終的にその“選ぶ”ことが個性なんじゃないかなと思うんですよね。もちろんゼロから生み出すクリエイティブな個性も残るとは思うんですけど、その選び続けた結果として、その人のスタイルとか独自性みたいなものになっていくのかなとは思ってます」(羽生善治氏)
※出典:NewsPicks公式YouTube「【指したくない手が多い】レジェンド棋士・羽生善治が明かす40年の変化」
このお話を聞いた時、私は「これは現代の婚活そのものだ」と強く感じました。
今の婚活は、まさに「システムが膨大な選択肢を提示してくれる時代」です。
マッチングアプリを開けば、指先ひとつで何万人もの年齢、年収、職業、顔写真がスクロールできます。
結婚相談所のネットワークでも、希望条件を入力すれば数秒で数百人の候補者がリストアップされます。情報量という点において、私たちは歴史上一番恵まれた環境にいます。
しかし、選択肢が増えたことで、私たちは迷わず幸せなパートナーを選べるようになったでしょうか?
現実はその逆です。情報が溢れかえっているからこそ、多くの人が「選びあぐね」、決断できなくなっています。
なぜなら、「選択肢(情報)を並べること」は検索システムがやってくれますが、「自分にとってどこに価値があるのかを感じ取り、選び取る作業」は、自分自身の心と感覚でしか行えないからです。
みんなが良いと言う手(世間の王道スペック)ばかりをなぞっていても、それはあなたの人生の盤面にとっての最善手とは限りません。
膨大にある選択肢の中から「私はここを求めない。その代わり、この部分に自分の人生の価値を置く」と決めて選び取ること。
その勇気ある決断の積み重ねこそが、羽生氏の言う「個性」であり、あなただけの温かい結婚生活の形を作っていくのです。

婚活が長引いてしまう大きな理由の一つに、
「世間が価値を置いている指標」を「自分が本当に求めている価値」だと錯覚してしまうこと
があります。
これらは社会的な記号として魅力的ですし、もちろんそうした条件自体が素晴らしい価値であることは間違いありません。
大企業で重要な責務を果たしている方も、若くして家庭を支えようとする方も、それぞれに尊い努力をされています。
問題なのは、
「その条件がもたらす生活のリアル」が、自分自身の生き方や価値観と本当に噛み合っているかどうか
なのです。
例えば、男性・女性どちらの立場でも、次のようなすれ違いが本当によく起こります。
世間的に見て誰もが羨むような「超多忙なエリートビジネスパーソン」と結婚したとします。
世帯収入も社会的信用も申し分ありません。
しかし、実際の暮らしが始まってみると、相手は早朝から深夜まで働き詰め、休日も急な対応に追われ、ほとんど家にはいない。
「今夜のご飯はどうする?」
「週末はどこか出かけようか」
といった日常の何気ない会話を交わす時間さえ取れない。
もしその人が望んでいた生活が「経済的な豊かさを基盤にして、お互い自立して自由に活動すること」であれば、この結婚は大成功です。
けれど、もし心から望んでいたのが
「毎晩一緒に食卓を囲み、今日あった出来事を他愛もなく話す時間」や
「子育ての不安や喜びを、リアルタイムで隣で分かち合える日常」
だったとしたらどうでしょうか。
「世間が羨むような素晴らしいお相手」であったとしても、日々の暮らしの中で孤独感や満たされなさを抱えてしまうことになります。
結婚とは、条件の良し悪しを競い合う契約ではありません。
「生身の人間同士が、毎日の暮らしを泥臭く共有していくこと」です。
みんなが欲しがるスペックにそのまま乗っかってしまうと、いざ生活が始まった時に「私が本当に欲しかった毎日の手触りは、これではなかった」という、埋めようのないズレに悩まされることになるのです。

ここで、私自身の話を少しさせてください。
私自身が結婚相手を探していた当時、自分の中にひとつだけ、明確に決めていた「自分の物差し」がありました。
それは、「何よりも、一緒に子育てができる時間と精神的な余白を共有できる人」という点でした。
私にとって人生で最も大切にしたかったのは、華やかな暮らしや世間に対する聞こえの良さではありませんでした。
もし子どもを授かった時に、夫婦ふたりが同じ目線で向き合い、日々の小さな成長を一緒に喜び、夜泣きや突発的なトラブルもチームとして一緒に乗り越えていけること。
その時間を日常的に持てることこそが、何物にも代えがたい「私の価値」だったのです。
現在、私には3人の子どもがいます。
実際に3人を育ててみて、心底から感じたことがあります。
それは、「子どもが3人になると、さすがにワンオペレーションでの育児は限界がある」という極めてリアルな現実でした。
体調不良の看病、日々の食事の準備、洗濯や片付け、学校や園の提出物……。
一人をあやしている間に別の子がぐずり、もう一人に宿題を教えなければならない。
これを日常的に一人だけで背負い切るのは、精神的にも肉体的にも本当に過酷です。
夫婦がリアルタイムでタッグを組み、日常的に手を動かしてカバーし合える関係でなければ、我が家の暮らしは成り立ちませんでした。
そして、私たちが暮らす同じマンションを見渡してみると、実に多様な日常の風景が広がっています。
同じマンションに住んでいるということは、世帯の所得水準や居住エリアなどの大枠の環境は、ある程度近いご家庭が集まっているはずです。
しかし、ドア一枚隔てたその先にある「家族の生活様式」は、驚くほど千差万別なのです。
例えば、普段旦那様のお姿をほとんどお見かけしないご家庭が3軒ほどいらっしゃいます。
平日の保育園の送り迎えでお会いするのは決まってママさんだけ。
それどころか、土日の習い事の送迎や、子どもの習い事の発表会といったハレの舞台ですら、旦那様をお見かけすることがありません。
もちろん、私がたまたまタイミングが合わずにお見かけしていないだけかもしれません。
しかし、振り返ってみるとここ1年ほど、本当にお父様の姿を見ていないのです。
連日深夜まで激務で働いていらっしゃるのか、あるいは単身赴任や長期出張が多いお仕事なのかもしれません。
そして、その3軒のご家庭には、ある共通点があります。
たまたまかもしれませんが、どのご家庭も「お子さんが1人」なのです。
お子さんが1人であれば、ママが献身的にワンオペで家庭を支え、パパは外で全力でキャリアと高収入を追求する、という役割分担でも生活が成立するのかもしれません。
それもまた一つの立派な家庭のあり方であり、そのご夫婦が納得して選んだスタイルなら素晴らしいことです。
しかし一方で、我が家と同じように「3人のお子さん」がいらっしゃるご家庭もあります。
そのお宅では、状況が全く逆なのです。
普段お見かけするのは、小学生のお子さんとパパさんの姿ばかり。
そのパパさんは学校のPTA活動からボランティアまで精力的にこなされていて、夕方17時頃にはマンションのロビーでよくお見かけします。
「ママさんはどうされているのかな?」と思っていたら、家の中で下のお子さん2人のお世話に明け暮れていらっしゃったのです。
平日の夕方や金曜日の夜になると、そのパパさんが下のお子さんの手を引いて、近所へお寿司のテイクアウトを仲良く取りに行っている姿を見かけたりもします。
夫婦がそれぞれの持ち場で役割を分担し、パパも日常の生活に深くコミットしている様子がとても自然に伝わってきます。
同じマンションに住み、似たような収入レンジにあるご家庭であっても、
「夫が外で稼ぎ、妻がワンオペで家庭を守る家庭」もあれば、
「夫が17時に帰宅して家事育児を分担し、チームで支え合う家庭」もある。
どちらが優れているかではありません。
「自分はどんな暮らしを、どんなパートナーと営んでいきたいのか」によって、選ぶべき相手の生活スタイルは根本から違ってくる
ということです。
もし私が
「子どもを複数人育てたい」
「日常の些細な成長やドタバタを夫と笑い合いながら分かち合いたい」
と願っていたのに、外側のスペック(高い年収や大手の肩書)だけに惹かれて超多忙な方と結婚していたら……。
3人の子どもを前に一人きりで途方に暮れ、「こんなはずじゃなかった」と相手を責めてしまっていたかもしれません。
だからこそ、婚活の段階で「自分が送りたい生活のリアル」と「相手の働き方や時間の使い方」が一致しているかどうかを見極めることは、何よりも重要なのです。
そのため、私は当時のパートナー選びにおいて、世間一般では「申し分のないエリート」とされる、国内外を飛び回るような激務の企業勤務の方や、連日深夜まで会社に拘束されるような働き方の方とのご縁は、あらかじめ選びませんでした。
誤解のないようにお伝えしたいのですが、そうした激務の大手企業で社会を大きく動かしている方々は本当に優秀ですし、心から尊敬しています。
ただ単に、「彼らが責任を持って全うされている生き方」と、「私が人生で一番分かち合いたかった時間の形」が、構造的にマッチしなかったというだけのことです。
優劣の問題ではなく、「人生の相性の問題」だったのです。
そして、私が最終的にパートナーとして選び、一緒になった男性はどんな人だったか。
彼は、大学を中退し、自分で会社を立ち上げて経営している人でした。
世間一般的なデータや、大手相談所の画一的なプロフィール検索の基準で見れば、どう受け止められるでしょうか。
「大卒以上」の条件を設定している方からは検索画面にすら表示されませんし、「会社経営」という肩書に対して「将来の浮き沈みが激しいのではないか」「安定性に欠けるのではないか」と不安に感じる方も少なくないはずです。
「大企業に勤務するビジネスパーソン」と「大学を中退して会社を経営する人」。
どちらが世間一般のステータスとして分かりやすく評価され、どちらが一般的に『安定』と見なされるかは、言うまでもありません。
しかし、私にはその選択に対して何の不安もありませんでした。
なぜなら私は、彼の経歴という「外側のラベル」ではなく、「自分自身の物差し」で彼の人間性や生きる力を丁寧に観察し、納得して決めたからです。
これらをじっくり見つめた時、私にとっては、他者が定めたルールの中で働くこと以上に、荒波の中でも自分で舵を取って生きていける彼のようなしなやかさこそが、何よりも信頼できる「確かな安定」だと感じられたのです。
「安定」という言葉の意味すら、人によって全く異なります。
大きな組織の強固な基盤の中に身を置くことを安定と感じる人もいれば、どんな環境の変化が訪れても自分の腕で生き抜いていける生命力を安定と感じる人もいる。
どちらが正しい・間違っているではありません。
大切なのは、
世間の辞書にある「安定」を鵜呑みにするのではなく、「自分にとっての安心・安定とは具体的にどういう状態か」を自分の言葉で定義できているか
どうかなのです。

「桐山さんのおっしゃることは分かります。でも、そもそも『自分にとって何が本当の価値なのか』が自分でも分かりません」
カウンセリングの中で、男女問わずそう打ち明けてくださる方は非常に多いです。
そして、そう悩んでしまうのはごく自然なことです。
私たちは子どもの頃から、受験や就職活動を通じて
「他人が定めた基準で高いスコアを取ること」
「みんなが目指す分かりやすい正解を選ぶこと」
を求められて育ってきたからです。
自分の本質的な価値観を取り戻すためには、次のような思考のステップを試してみてください。
あなたがパートナーに求めている希望条件を、まずはノートにすべて書き出してみてください。
そして、その一つひとつの横に「なぜ、それが自分に必要なのか?」と深く問いかけてみるのです。
「世間の目や周囲の評価を意識して欲しがっているもの」を一枚ずつ剥がしていった後に、最後に静かに残るもの。
それこそが、あなたがパートナーシップにおいて本当に必要としている「本音の価値」です。
結婚生活において、価値観の違いが浮き彫りになるのは、何事もうまくいっている平穏な時ではありません。
トラブルが起きた時や、心身が疲弊している「雨の日」です。
自分が「これだけはどうしても受け入れられない、譲れない」というポイントを知ることは、そのまま「自分が人生で何を最も大切にしているか」を知るための重要な手がかりになります。

自分の物差しが明確になったあと、最後に最も大切になるステップがあります。
それは、「自分が価値を感じた人を、直感で選べるかどうか」です。
ここで言う「直感」とは、単なる一目惚れや、理性を欠いた衝動的な感情のことではありません。
将棋の世界でも、一流の棋士は盤面を見た瞬間に「この手が急所だ」と直感で捉え、その後に深い読みを行ってその感覚を確かめると言われます。
直感とは、当てずっぽうの思いつきではなく、「その人がそれまでに積み重ねてきた人生経験、観察、無意識の思考が瞬時に統合されて現れる判断のショートカット」です。
婚活における直感も、本質は全く同じです。
「条件は理想通りなんだけど、一緒に食事をしているとなぜか息が詰まる……」
「一般的には非の打ちどころがない方なのに、LINEのやり取りで小さな違和感が残る……」
私たちの身体や心は、プロフィールのテキストデータには現れない
「相手の空気感」「価値観の相性」「居心地の良さ」を、
直感というアラートを通してすでに敏感に察知しています。
しかし、そこに頭の計算が割り込んできて、その小さなサインをかき消してしまうのです。
「でも、この人を手放したら、こんなに好条件の人は二度と現れないかもしれない」
「周りからも『お似合いだ』って言われたし、私が少し我慢すればうまくいくはず」
そうやって直感が鳴らしている違和感を押し殺し、条件の損得勘定だけで選んだ関係は、結婚生活という長い日々のどこかで無理が生じてしまいます。
直感に従って「この人と歩んでいこう」と決断するためには、ひとつの大切な姿勢が必要です。
それは、「世間がどう評価しようと、私が価値を感じてこの人を選んだのだから、この決断をふたりで正解にしていく」という覚悟です。
私が夫を選んだ時もまさにそうでした。
世間的な基準から見れば、大手企業の社員ではなく大学を中退した起業家を選ぶことは、リスクの高い選択に見えたかもしれません。
けれど、私の物差しと直感が「この人となら、どんな時代になっても、お互いを尊重し合って心豊かな家庭を築いていける」と確信していたからこそ、迷いなくその手を選ぶことができました。
羽生氏が語るように、選び取ることこそが個性です。
「誰からも批判されない、世間的に無難な条件」で相手を選ぶことは、あなたの個性ではありません。
「世間の基準がどうあれ、私の人生にとって本当に大切で、かけがえのない価値を持っているのはこの人だ」と選び取ること。
その選び取った決意の積み重ねこそが、誰とも比べる必要のない、あなただけの幸せな結婚の形を創り上げていくのです。

婚活は、周囲の期待や世間の平均点に応えるための試験ではありません。
これからの何十年というかけがえのない人生を、「誰と、どんな時間を過ごし、どんな価値を共有して生きていきたいか」をご自身の意志で決める、大切な人生の選択です。
東京婚活ゼミナールでは、単にプロフィール上の条件を擦り合わせるだけのお見合いは行っていません。
まずはあなた自身が世間の物差しから自由になり、「自分にとっての本当の価値とは何か」を深く見つめ直すところから、二人三脚で丁寧に伴走しています。
あなたの人生という大切な盤面で、あなたが心から納得できる最高の一手を、一緒に見つけに行きませんか?
悩んだ時は、いつでもお気軽にお話しにいらしてください。あなたの本質的な幸せを、心より応援しています。
東京婚活ゼミナール 代表
桐山 栄子
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